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春去春来

 鍵を差し込み、回し、扉を開く。毎日の一連の動作。

扉の向こうには部屋があり、ベッドがあり、机の上にはまだ捨てられていないレシートがあることを、よく知っている。

 けれど最近、少し鈍くなってきた。まるで扉の向こうにあるのが私の部屋ではないかのように。

 私が初めて《花1》という曲をはっきりと知ったのは、《OKINAWA》という名前のオルゴール版音楽集のCDを通してだった。私は京都嵐山のオルゴール記念品ショップでそれを買い、その後、帰りの車の中でCDプレーヤーに入れた。

 《花》の旋律が車載CDプレーヤーの中から押し出されてきたとき、私はようやく気づいた。初めて聴く曲ではなかった。そして、沖縄の音楽として聴いたものでもなかった。

 私が先に思い浮かべたのは、実家のリビングにある、暗い大理石の床だった。それは、室内を明るく、透き通って見せるような白い大理石ではなく、むしろ一枚のノイズ画像のようで、テレビが信号を失ったときにちらつく白黒の画面のようだった。何度拭いても、いつも汚れているように見えた。ある角度から見れば、すでに光っているように見えるのに、それでも石の内部から埃や汚れがゆっくり滲み出しているように感じられた。

 私がまだ中国にいたとき、家へ帰ると、母はよくリビングの窓際の椅子に座って休んでいた。彼女はよく、悪いことをすれば悪い報いがあり、善いことをすれば善い報いがある、と呟いていた。その後、私は日本に留学し、あまり家に帰らなくなった。ビデオ通話の中で見ると、彼女はリビングの椅子に座っているときもあれば、私の部屋のベッドに座っているときもあった。話題はあまり変わらなかった。昨日の午後に拭いたばかりの床が、今日にはもう汚れている。コンロはきれいに拭いたばかりなのに、父がたまに思いつきで料理をすると、また油をたくさん使う。何度言っても、少しも気をつけるということを知らない。油汚れがあちこちに飛び散ってしまう。

 母は何度も何度も、その大理石の床を拭いていた。時々、「春去春会来2」を口ずさみ。

 父が家に帰ってくると、奥の部屋の黒い革の椅子に座り込む。しばらくもしないうちに、TIKTOKの動画が、絶えず繰り返される笑い声が聞こえてくる。彼は眠ってしまう。

 私は扉を開ける。

 ノイズ画像のような大理石の床には、まだ乾いていない水の跡が一本残っていて、光の中で一瞬きらりと光り、玄関からリビングの向こう岸へと伸びていた。

 母は窓のそばの椅子に座っている。

 

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1.「花〜すべての人の心に花を〜」  喜納昌吉 

2.  「花〜すべての人の心に花を〜」に基づいて、台湾の周華健(エミール・チョウ)が1993年にカバーした「花心」の歌詞。日本語訳:春が去り春が来る

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